雲に住むクラゲのノート

すごくたまに書いてしまう作文

架空のマイキャンピングカー(第三話)

「新生!最強コンボ登場!」

 

 オートキャンプ場での食事のためにスーパーに立ち寄って食料品を買い込んだ。あとは給油だ。インターチェンジに向かう途中に古波(こなみ)さんのお知り合いの給油所があるそうなので丁度良かった。

 給油所に着くと古波さんは社長さんに会いに行き、私は店員に軽油満タンとタイヤの空気圧チェックをお願いして休憩室へ向かった。自動で珈琲豆を挽(ひ)いてドリップする販売機から淹(い)れたてのコーヒーを取り出し、味わいながら飲む。頭も体もリラックスするひとときだ。

 車に戻ると古波さんと社長さんが助手席のドアを開けて覗(のぞ)き込みながら話をしている。私は二人の後ろに回り込んで話を聞くことにした。

「実際に見るのは初めてだよ。この手の車で運転席と助手席の間にフロアトンネルを作るなんて、マスダは凄いことするなぁ。先代のコンボは三人掛け設計の名残(なごり)があって中途半端だったけど、こっちは主張がハッキリしていて俺は好きだな」

(フロアトンネル:車内の床中央を縦に伸びるトンネル状の出っ張りのこと。通常、トンネル下には排気管やFR車のプロペラシャフトなどが通っている)

 社長さんの感想に古波さんは笑みを浮かべながら説明を始めた。

「フロアトンネルとしてはかなり大きいね。この内部スペースがエンジンや補器類の配置に役立っていて、しかも前面衝突時には人間を守る柱のような役目をするらしい。初めてこれを見る人は大概(たいがい)びっくりするけど、アメリカ軍のハンビー(HMMWV)や初代ハマー(The first Hummer)に比べたら可愛いもんだよ」

 自動車メーカーマスダは、歴史ある商用車コンボの新型車開発にあたり「世界と未来を視野に入れた最強コンボ」を目指した。最新のブルー・アクセル・エンジンを搭載し、先代までのRWD(後輪駆動)と決別してFWD(前輪駆動) とモーター駆動の後輪を連携させたハイブリッドのオンデマンド4WD(4輪駆動)を実現させたのだ。

(オンデマンド4WD:簡単に言うと、通常は前輪駆動または後輪駆動で走行し、滑りやすい路面でそのメインの駆動輪がスリップしそうな時やスリップ直後に自動的に4輪駆動になるシステム。もちろん、ドライバーが任意に4輪駆動を選ぶこともできる)

 その他にもキャブオーバースタイル(運転席がエンジンの上にある形式)を継承して荷室長はほぼそのままとし、一つの後輪に一つのモーターを配置する方式によりプロペラシャフト等が無くなり荷室の床面地上高を約7cm 低くしている。

 古波さんの話が調子づいてきた矢先(やさき)、次のお客さんがやって来た。私たちは長居し過ぎた事に気づいて急いで給油所を後にした。
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この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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架空のマイキャンピングカー(第二話)

「出発! マイキャンピングカー」


 やっぱり新型車は気分がいい。
 赤いスタートボタンを押し込むと「キュキュキュ」とエンジンが目を覚まし軽快な鼓動を始める。まず、単純にこれが楽しい。小さな子供がボタンを押すのと一緒だ。今日は、これから古波(こなみ)さんを拾(ひろ)って一緒にオートキャンプ場に行く予定だ。古波さんはこの自作キャンピングカー製作の中心となってくれた友人である。

 走り出して20分後、待ち合わせ場所のコンビニで古波さんを拾って次は買い物へ向かう。この一週間でマニュアルギアにも慣れ、新型車の進化をダイレクトに体感できて楽しい。この車はこれまでに乗ったディーゼル車とは全く別物で、骨太な出力と機敏さを持ち合わせている。実はそれもそのはず、このキャンピングカーのベース車はフルモデルチェンジしたばかりのマスダ「コンボ」バンなのだ。

 全世界を驚愕(きょうがく)させた2010年の発表以降も常に高い評価を得ているブルー・アクセル・テクノロジーが、ついに商用車にも広がり新型「コンボ」バンの誕生となった。他に類を見ない発想で独自の技術を磨き、大胆かつ繊細な戦略を展開する自動車メーカー・マスダを見ていると、その誕生の地で、かつて世にその名を轟(とどろ)かせた戦国武将毛利(もうり)氏の躍進を連想せずにはいられない。

 ちょっと話が大きくなってしまったが自動車オンチの私がこんな風に変わってしまったのは、助手席で穏(おだ)やかに微笑(ほほえ)んでいる古波さんの影響だ。いや、正確には古波さん自身は微笑んでいないのだが、もともとの顔のつくりが微笑んでいるようなお顔なのだ。小柄で丸顔に温厚な人柄も相まってみんなから慕われている。

 余談だが古波さんと知り合ってしばらく経った頃、ふと、私はある事に気付いた。古波さんは「リアルお地蔵さま」なのだ。

 今日、古波さんはお洒落な紺のコーデュロイ・ハンチングを被っている。そしてやっぱり、ハンチングを被ったお地蔵さまに見えてしまう。

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この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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架空のマイキャンピングカー(第一話)

「旅する車」

 待ちに待った電話があった。
 自動車整備工場を経営している友人、古波(こなみ)さんから私のキャンピングカーの全手続きが完了したとの連絡だった。この車は約1年をかけて自分たちで作ったバンコン・キャンパーだ。

 (「バンコンバージョン」通称「バンコン」。箱型のワンボックスカーや背高乗用車であるミニバンをベースにしたキャンピングカーのこと)

 苦労もあったが楽しかった製作風景のあれこれが思い起こされ、あらためて仲間たちの優しさに気付く。感謝の気持ちを言葉にしたら、早くも旅への期待が膨らみ始めた。


 ソファーに寝転がってしばらく目を閉じていた。次第に気持ちが落ち着き静まったころ、プカリと小さな記憶が浮かんできた。何十年も前のささやかな記憶だ。

 小学生の頃よく絵を描いた。ある日、設計のまねごとをした。

 横から見たワンボックスカーをイメージしてノートに長方形とタイヤ2個を描く。そしてハンドルと運転席とペダルを描くと急に車らしくなった。あとは後ろの大きな荷室にキッチンやテーブル、椅子などを描き込めば「旅する車」になるはずだ。

 イメージを頼りに納得いかないところは何度も描き直す。そのうち消しゴムで紙は荒れるし車体は継ぎはぎになっていくが、もうどうでもいい。そうして、かなりの時間をかけて設計図らしきものを描き上げた。

 設計者の仕事はこれで終わりだ。しかし、この車で旅する者としてはまだ重要な仕事が残っている。

 食料の積み込みだ。
 空いているスペースいっぱいにインスタントラーメンを描き込む。これで完成だ。少年であった私はこの旅する車と一緒にどこにでも行ける気がした。

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このは作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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